代数の単項イデアルに関するノート。以下の記述では、単に環というときでも 1 を持つ可換環を指すとする。

定義

単項イデアル (principal ideal)

定義:$R$ を 1 をもつ環とする。$a \in R$ に対して次のように定義されるイデアル $(a)$ は $a$ が生成する単項イデアルであるという:

\[(a) \coloneqq \left\{\left. \sum_{i = 1}^n r_i \cdot a \cdot s_i \,\right|\, n \in \N, r_i \in R, s_i \in R\right\}.\]

単項イデアル整域 (principal ideal domain)

定義単項イデアル整域とは、どのイデアルも単項イデアルである整域をいう。

性質

最大公約元関連と昇鎖律関連に分けて習う。最後に極大イデアルとの関係を習う。

部分集合が生成するベクトル空間は単項イデアル

定理:単項イデアル整域 $D$ の零でない要素 $a_1, \dotsc, a_n \in D$ が生成するベクトル空間は単項イデアルである。

検討:本定理により最大公約元の存在が主張できるようになる。

証明:代数的処理で容易に示せる。しかしタイプが面倒なので後回しにする。

部分集合には GCD が定まる

定理:単項イデアル整域 $D$ の零でない要素 $a_1, \dotsc, a_n \in D$ には最大公約元が定まる。

証明:$J$ を $a_1, \dotsc, a_n \in D$ の線形結合の形で表される要素からなる集合で定義する。 前定理によりこれは単項イデアルだ。ある $x \in D$ が存在して $J = (x).$ このとき、各 $a_i \in J$ であることから

\[x \mid a_1, \; \dotsc,\; x \mid a_n.\]

つまり $x$ は $a_1, \dotsc, a_n$ の共通因数だ。

一方、$x \in (x) = J$ であることから、ある $c_i$ が存在して $x = c_1a_1 + \dotsb + c_na_n.$ すなわち $a_1, \dotsc, a_n$ のどの共通因数もまた $x$ を割り切る。

以上により $x$ は $a_1, \dotsc, a_n$ の最大公約元である。 $\blacksquare$

要素の GCD は同伴

定理:単項イデアル整域 $D$ の零でない要素からなる部分集合 $S = \lbrace a_1, \dotsc, a_n \rbrace$ について $\gcd S$ はすべて同伴である。

証明:前定理により $\gcd S \ne \varnothing.$

$y_1, y_2 \in \gcd S$ を任意にとる。$y_1$ と $y_2$ が同伴であることを示す。

このとき、$y_2 \in \gcd S$ より $y_2$ は $y_1$ を割り切る。 また、$y_1 \in \gcd S$ より $y_1$ は $y_2$ を割り切る。 $y_1 \mid y_2$ かつ $y_2 \mid y_1$ が成り立つので $y_1$ と $y_2$ が同伴であることが示された。 $\blacksquare$

要素の GCD は線形結合の形で表される

定理:単項イデアル整域 $D$ の零でない要素からなる部分集合 $S = \lbrace a_1, \dotsc, a_n \rbrace$ に対して $y \in \gcd S$ とする。

このとき $y$ を次の形で表せる $d_1, \dotsc, d_n \in D$ が存在する:

\[y = d_1a_1 + \dotsb + d_na_n.\]

証明:仮定における $y$ がとれることは前述の部分集合が最大公約元をもつという定理が保証する。

$J$ を $S$ が生成するベクトル空間とする。前述の定理によりこれは単項イデアルである。 ある $x \in D$ が存在して $J = (x).$

前述の部分集合が最大公約元をもつという定理により $x = \gcd S$ である。

前述の同伴に関する定理より、$x$ と $y$ は同伴である。つまり $(x) = (y).$ すなわち $y \in J$ が成り立つ。$J$ の決め方より主張は成り立つ。 $\blacksquare$

どの既約元も素元である

定理:一意分解整域において、任意の既約元は素元でもある。

検討

  • 証明には最大公約元の存在と整数の性質しか利用しない。 つまり仮定が強すぎる。$\gcd$ のある整域くらいでいいはずだ。
  • この逆「素元ならば既約元である」は[整域][domain]の性質だった。

証明:$a \in D$ を既約元とする。

今 $a = bc$ が成り立つ $b, c \in D$ が存在すると仮定する。 さらに $d \coloneqq \gcd(a, b)$ とおく。$d \mid a.$ しかし $a$ は既約である。したがって:

  • $d$ が単元であるか、あるいは
  • $d$ と $a$ は同伴である。

前者の場合、整数論の Bézout の補題により $ax + by = 1$ を満たす整数 $x, y$ が存在する。 この両辺に $c$ を乗じると $xac + ybc = c.$ ところが $a \mid xac$ かつ $a \mid ybc = ya$ であるから $a \mid c.$ したがって $b$ が単元である。

後者の場合には同伴性から $a \mid d.$ 一方最大公約元であることから $d \mid b.$ ゆえに $a \mid b.$ したがって $c$ が単元である。

いずれにせよ $a$ は素元であることが示された。 $\blacksquare$


イデアルの無限増加列を含まない

定理:単項イデアル整域 $D$ は次のような単項イデアルの真の無限増加列 $\lbrace I_n \rbrace_{n = 1}^\infty$ を含まない:

\[\tag*{$\spadesuit1$} J_1 \subsetneq J_2 \subsetneq \dotsb \subsetneq J_n \subsetneq J_{n + 1} \subsetneq \dotsb.\]

検討:整数環 $\Z$ で考えると

\[(0) \subsetneq (256) \subsetneq (64) \subsetneq (8) \subsetneq (2) \subsetneq (1) = \Z.\]

$32 \in (8)$ だが $32 \notin (64).$

証明:$\spadesuit1$ を満たす無限増加列が存在する成り立つと仮定して矛盾を導く。

増加列 $\spadesuit1$ に現れるすべての集合の和集合をとり $K$ とおく。

  • コメント:$K$ がイデアルであることは証明が必要だが省略する。

$D$ は単項イデアル整域であるから、ある $a \in D$ が存在して $K = (a)$ という関係が成り立つ。 言い換えると任意の $m \in \N$ に対して $J_m \subset K\;(\spadesuit2).$

一方、ある番号 $m \in \N$ が存在して $a \in J_m.$ $\spadesuit2$ から $J_{m+1} \subset K$ であるから $J_{m+1} \subset J_m.$ これは $\spadesuit1$ であることに矛盾する。

背理法により、$\spadesuit1$ を満たすようなイデアルの列 $\lbrace J_n\rbrace$ は存在しないことが示された。 $\blacksquare$

単項イデアルに関する昇鎖律を満たす

定理:単項イデアル整域は単項イデアルに関する昇鎖律を満たす。

検討:$D$ を単項イデアル整域とし、$I_1, I_2, \dotsc \subset D$ は単項イデアルとする。

単項イデアルに関する昇鎖律というのは、各イデアル $I_i$ が

\[I_1 \subset I_2 \subset \dotsb.\]

を満たすとき、実際はある $I_n$ で無限列は停止する(有限列である)という主張だ。

証明には前定理と同様の技法を用いる。

証明:$I = \bigcup I_i$ とおく。これもまた $D$ のイデアルである。 $D$ が単項イデアル整域であることから、ある $a \in D$ が存在して $I = (a)$ が成り立つ。

すなわち、ある番号 $m \in \N$ において $a \in I_m$ が成り立つ。 そして $(a) \subset I_m$ が成り立つ。

$I$ のとり方から $I_m \subset I = (a).$ ゆえに $I_m = I.$ いいかえると任意の $n \in \N$ に対して $n \ge m$ ならば $I_n = I.$ したがって、単項イデアル整域において、単項イデアルに関する昇鎖律が成り立つことが示された。 $\blacksquare$

要素は有限個の既約元の積として表される

定理:$D$ を単項イデアル整域とし、$p \in D$ は零元でも単元でもないとする。

このとき $p = p_1p_2 \dotsb p_n$ をみたす既約元 $p_1, p_2, \dotsc, p_n \in D$ が存在する。

検討

  • これの証明に昇鎖律が要る。
  • $0_D$ も $1_D$ も「有限個の積に表される」のは成り立つから、仮定から除外しなくてもいいと思われる。

証明:仮定を満たす $p \in D$ は既約か可約かのいずれかである。場合分けを行う。

$p$ が既約であるときは既に成り立っている。

$p$ が可約であると仮定する。$p = p_1p_2$ かつ $p_1, p_2 \in D$ は単元ではないの形に書ける。 このとき $p_1, p_2$ の両方が既約元であれば主張は成り立つ。

そこで $p_1$ が可約であると仮定する。すると $p_1 = p_{11}p_{12}$ かつ $p_{11}, p_{12} \in D$ は単元ではないの形に書ける。 この推論過程を続けると、次のような単項イデアルの増加列を得る:

\[(p) \subsetneq (p_1) \subsetneq (p_{11}) \subsetneq \dotsb \subsetneq D.\]

この過程がある有限の回数で終了すれば主張は成り立つ。それは前定理の昇鎖律が保証する。 よって、単項イデアルの任意の要素は、有限個の要素の積の形に書けることが示された。 $\blacksquare$

逆元のない要素の既約元分解は一意的

定理:$D$ を単項イデアル整域とし、$p \in D$ は零元でも単元でもないとする。 このとき $p$ に対するどの既約元分解も単元倍の違いと除外して一致する。

言い換えれば、単項イデアル整域は[素元分解整域][ufd]である

検討:既約元が素元であることさえわかれば、あとはよく知られた推論を当てはめれば証明される。

  1. PID は「どの既約元も素元であるようなネーター環」であることを示す
  2. 「どの既約元も素元であるようなネーター環」は UFD であることを示す

前者は証明が終わっている。後者は整数論における素因数分解の一意性の証明と同様だ。

証明:前述の定理群により、零元でも単元でもない任意の $a \in D$ について

\[a = p_1 \dotsm p_n = q_1 \dotsm q_m\]

のように既約元の積として、少なくとも二通りに書き表されると仮定する。 また前述のように既約元は素元でもある。

このとき、次が成り立つ:

\[p_1 \mid q_1 \dotsm q_m.\]

$p_1$ は素元であるので、ある $q_i$ を割り切る。必要なら並び替えをして $q_1$ を割り切るとしてよい。 すると単元 $u$ があって $p_1 = u q_1$ が成り立つ。ゆえに:

\[p_2 \dotsm p_n = u q_2 \dotsm q_m.\]

この工程を繰り返すことで、両辺の素元分解が一致することが示される。 $\blacksquare$


既約元で生成される単項イデアルと極大イデアルは同値

定理:単項イデアル整域において、既約元で生成される単項イデアルは極大イデアルである。 逆に、極大イデアルは既約元から生成される単項イデアルである。

検討: 極大性をうまく使う。背理法と相性が良いようだ。

証明: $\implies\colon$ $D$ における既約元 $p$ を一つとる。 このときイデアル $(p)$ が $D$ における極大イデアルでないと仮定して矛盾を導く。

まず、$p$ が既約元であるから単元ではない。ゆえにイデアル $(p)$ は $D$ よりも真に小さい: $(p) \subsetneq D.$

包含関係による列 $(p) \subsetneq K \subsetneq D$ が成り立つようなイデアル $K$ が存在すると仮定する。

$D$ は単項イデアル整域であるので、イデアル $K$ は単項生成である。 すなわち、何か $x \in D$ が存在して $(x) = K$ を満たす。 先ほどの系列を書き直すと:

\[(p) \subsetneq (x) \subsetneq D.\]

$(p) \subsetneq (x)$ と再び整域の単項イデアルの性質から $x$ は $p$ を割り切る。 つまり何か $t \in R$ が存在して $p = xt$ を満たす。 ここで $p$ が既約元であることから、$x$ が $D$ の単元であるか、あるいは $t$ がそうである。 $x$ から見ると、

  • $x$ が $D$ の単元であるか、
  • $x$ と $p$ が同伴である

かのどちらかが成り立つ。

  • しかし前者は成り立たない。なぜなら $(x) \subsetneq D$ から $(x) \ne D.$ $x$ は単元ではありえない。
  • そして後者も成り立たない。同様に $(p) \subsetneq (x)$ から $(p) \ne (x).$ つまり $x$ と $p$ とは同伴ではない。

この矛盾は $(p)$ が極大イデアルでないと仮定したことから生じた。 したがって $(p)$ は $D$ における極大イデアルであることが示された。 $\Box$

$\impliedby\colon$ $(p)$ を $D$ の極大イデアルと仮定すると、$p$ が既約元であることを示す。

$p$ の任意の既約分解 $p = fg$ において、$f$ も $g$ も単元ではないと仮定して矛盾を導く。

まず $(p) \subsetneq (f)$ を示す。

任意に $x \in (p)$ をとると、ある $q \in D$ が存在して $x = pq.$ このとき $x = pq = fgq \in (f).$ $x$ は任意であるから $(p) \subset (f).$

次に $f \in (p)$ を仮定する。するとある $r \in D$ が存在して $f = rp.$ このとき $f = pr = fgr.$ $D$ が整域であるから簡約律を適用できて $gr = 1.$ したがって $g$ は単元となる。これは矛盾なので、$f \notin (p)$ が成り立つ。

$f \notin (p)$ かつ $f \in (f)$ だから $(p) \subsetneq (f)$ が成り立つ。

次に $(f) = D$ と $(f) \ne D$ の成り立つ矛盾があることを示す。

したがって、$(p)$ が極大イデアルであることから $(f) = D$ が必要。 $f$ が単元でないという仮定から、$fh = 1$ を満たすような $h \in D$ は存在しない。 したがって、

\[1 \notin (f) = \{fh\,|\,h \in D\}.\]

そして $1 \in D$ なので:

\[(f) \subsetneq D.\]

これは $(f) = D$ に矛盾する。したがって $f$ も $g$ も単元ではないという仮定は成り立たない。 すなわち $p = fg$ において $f$ または $g$ の少なくとも一方は単元である。 よって、$p$ が既約元であることが示された。 $\blacksquare$

単項イデアル整域の非零素イデアルは極大イデアル

定理: $D$ を単項イデアル整域とする。$J \subsetneq D$ を $(0)$ でない素イデアルとする。

このとき $J$ は極大イデアルである。

検討

  • 極大性の証明なので論証中に「最小最大パターン」が現れるだろう。
  • 利用する事実は次だ:
    • (整域のレベルですでに)素元は既約元である
    • 既約元で生成された単項イデアルは極大イデアルであることと同値である

証明:$D$ が単項イデアル整域であることから、どのイデアルにも何か $r \in D$ が対応して単項イデアルの形 $(r)$ で表される。

今、$p \ne 0$ により生成される素イデアル $(p)$ をとる。 このとき $(p)$ は素元であるので整域の性質から既約元でもある。

前定理により既約元で生成された単項イデアルは極大イデアルであるので、主張は正しい。 $\blacksquare$

参考資料

[domain] /wandering/diary/2019/12/18/integral-domain.html [ufd]: /wandering/diary/2019/12/17/ufd.html