整域学習ノート
代数の整域に関するノート。以下の記述では、
- 単に環というときでも 1 を持つ可換環を指すとする。
- 零因子は $0$ を除外してあるとする。
定義
整域 (integral domain)
定義:1 を持つ可換環 $D$ が整域であるとは、次の条件をすべて満たすものをいう:
- $D \ne \lbrace 0_D \rbrace.$
- $D$ は零因子を含まない。
最大公約元 (GCD, $\gcd$)
定義:$D$ を整域とし、$a, b \in D$ を $a \ne 0_D$ または $b \ne 0$ を満たす要素とする。
ある $d \in D$ が次の条件を満たすとき、これを $a$ と $b$ の最大公約元であるといい、 記号 $d = \gcd(a, b)$ で表す:
- $d \mid a \land d \mid b.$
- $\forall c \in D(c \mid a \land c \mid b \implies c \mid d).$
言葉で言い換えると、$d$ は $a$ と $b$ の公約元であり、かつ任意の他の $a, b$ の公約元は $d$ を割り切る。
検討:
- 「最大」の付かない公約元、共通因数の概念は環で定義される。
- このような性質の要素が(整域の段階では)常に存在するとは保証されないし、また存在しても一意的であるとは限らない。
- 記号はほんとうは $\gcd\lbrace a, b\rbrace$ のように集合を引数に取る。タイプが面倒なので丸括弧で代用する。
互いに素
定義:$D$ を整域とする。$a, b \in D$ をどちらも零でない任意の元とする。
$d \coloneqq \gcd\lbrace a, b\rbrace$ が $D$ の零でない単元であるとき、かつそのときに限り、 $a$ と $b$ は互いに素であるという。
コメント:英語では coprime だとか relatively prime だとか色々言い回しがあるようだ。 日本語では「互いに素」しかない。
同伴 (associates)
定義:$D$ を整域とする。$x, y \in D$ とする。 $D$ において $x$ と $y$ が同伴であるとは、次の条件をすべて満たすものをいう:
- $x$ が $y$ を割り切る。
- $y$ が $x$ を割り切る。
検討:
- 同値な言い換えがある:
- 単項イデアルが等しい:$(x) = (y).$
- 一方が他方の単元倍で表される。
- 同伴は同値関係である。
性質
無印の整域くらいではまだ良い性質がないようだ。 整域の次の「サブクラス」は素元分解整域なので、そこから定理を調べていく。
標数は $0$ または素数
証明:$D$ を整域とし、その標数を $\operatorname{char}(D)$ で表すことにする。
$\operatorname{char}(D)$ の値は $0$ または素数である。
証明: $D$ が無限集合の場合には、$0_D$ 以外の $x \in D$ で $x + x + \dotsb + x = 0$ となる要素は明らかに存在しない。ゆえに $\operatorname{char}(D) = 0.$
$D$ が有限の場合に $\operatorname{char}(D) = n = rs,$ ただし $r, s$ はどちらも $2$ 以上の自然数であると表されると仮定して矛盾を導く。
環の性質から(整域の乗法の演算子と整数のそれとを同じ $\cdot$ で記すが):
\[\begin{aligned} (r \cdot 1_D)(s \cdot 1_D) &= (rs)(1_D \cdot 1_D)\\ &= (rs)1_D\\ &= n \cdot 1_D\\ &= 0_R.\\ \end{aligned}\]整域の定義により $D$ に真の零因子は含まれない。したがって $r \cdot 1_D = 0_D$ または $s \cdot 1_D = 0_D$ が成り立つ。 しかしこれはどちらの場合でも $r$ または $s$ の定義に矛盾する。 ゆえに $\operatorname{char}(D) = rs$ の形には書けないことが示された。 すなわち、$\operatorname{char}(D)$ は素数である。
以上により、整域の標数は $0$ または素数であることが示された。 $\blacksquare$
単数の因数は単数に限る
定理:整域において、単数は単数以外では割り切れない。
証明:整域を $D$ とし、$U_D \subset D$ をその単元すべてからなる集合とする。 $(U_D, \cdot)$ は群をなす。
このとき $x \in D$ が $u \in U_D$ を割り切るならば $x \in U_D$ が成り立つことを示す。
「割り切る」の定義により、$u = tx$ をみたす $t \in D$ が存在する。 ここで $u$ は単元だから、その逆元 $u^{-1} \in U$ を両辺に乗じる。 $1_D = u^{-1}u = u^{-1}tx.$
$D$ は乗法に関して可換であるから
\[u^{-1}tx = 1_D = xu^{-1}t.\]この等式は $x$ が逆元 $u^{-1}t$ をもつことを表している。ゆえに $x \in U_D.$ $\blacksquare$
逆元が自身と等しい単元は $\pm1_D$
定理:$D$ を整域とし、$x \in D$ は $x^2 = 1_D$ を満たす要素とする。
このとき $x = \pm1_D.$
証明:下記の式変形において整域であること、零因子が存在しないことが本質的である:
\[\begin{aligned} &\phantom{\iff}x^2 = 1_D\\ &\iff (x + 1_D)(x - 1_D) = 0_D\\ &\iff x + 1_D = 0 \lor x - 1_D = 0_D.\\ &\iff x = -1_D \lor x = 1_D. \end{aligned}\]$\blacksquare$
単数すべての積は $-1_D$
定理:$D$ を有限個の単数を含む整域であるとし、単数全ての集合を $U_D \subset D$ とする。 このとき次が成り立つ:
\[\prod_{u \in D_U}u = -1_D.\]証明:$S \coloneqq U_D\setminus\lbrace \pm1_D\rbrace$ とおく。 $\operatorname{card}S$ により場合分けを行う:
$\operatorname{card}S$ が偶数の場合。このとき $S$ を次の対の分割として表されることに注目する:
\[S = \bigsqcup \{u, u^{-1}\}.\]各対において $uu^{-1} = 1_D$ だから、求める乗積はこれに $1_D$ と $-1_D$ を乗じて $-1_D$ である。
$\operatorname{card}S$ が奇数の場合。さきほどと同様の分割を考えると、
\[S = \{x\} \cup \bigcup \{u, u^{-1}\}\]の形になる。ここで $x$ は $x = x^{-1}$ を満たす要素である。 しかし自分自身がその逆元であるような要素は $\pm 1_D$ のいずれかであるが、 これは $\pm 1_D \notin S$ に矛盾する。背理法により $\operatorname{card}S$ が奇数の場合はあり得ないことが示された。
以上により、整域の単元すべての積は $-1_D$ に等しいことが示された。 $\blacksquare$
素元は既約元
定理:整域における素元は既約元である。
証明: $p \in D$ を素元とする。$p = ab$ なる $a, b \in D$ があると仮定する。 以下、$a$ または $b$ が単元であることを示すことにより $p$ が既約元であることを示す。
値のとり方から $p$ は $ab$ を割り切る。$p$ は素元であるので、 $p$ が $a$ を割り切るか、または $p$ が $b$ を割り切る。 どちらでも同じことなので $p \mid a$ とする。 このときある $t \in D$ が存在して $pt = a.$
\[\begin{aligned} 1a &= a = pt\\ &= (ab)t = a(bt).\\ \therefore a &= a(bt). \end{aligned}\]$D$ は整域であるから簡約律が適用できて $1 = bt.$ すなわち $b$ は単元である。 したがって $p = ab$ のとき $a$ または $b$ が単元であることが示され、$p$ は既約元であることが示された。 $\blacksquare$
整域の条件は零イデアルが素であること
素イデアル学習ノート参照。
~は整域である
例に関しては各サブクラスのもっとも性質の良い整域のノートで挙げていきたい。