代数入門レベルの Euclid 整域の学習内容をまとめる。以下、環といったら 1 を含む可換環のつもりで書かれている。

定義

Euclid 整域

定義:$D$ を零元 $0_D$ を含む整域とする。$D$ が Euclid 整域であるとは、 次の条件を満たす写像 $\nu\colon D\setminus \lbrace 0_D \rbrace \longrightarrow \N$ が存在する整域のこととする:

\[\tag*{$(EF)$} \forall a \in D \forall b \in D(b \ne 0_D \implies\\ \exists q \in D \exists r\in D(\\ (\nu(r) \lt \nu(b) \lor r = 0_D) \land a = qb + r)).\]

検討

  • 整域であって $(EF)$ 条件を満たす関数が存在するものを特に Euclid 整域と呼ぶと言っている。
  • 写像 $\nu$ に次の条件を追加する流儀もあるが、Wikipedia がいうように不要。
\[\tag*{$(EF2)$} \forall a \in D \forall b \in D(b \ne 0_D \implies \nu(a) \le \nu(ab)).\]
  • 英語では Euclidean domain という。Euclidean integral domain みたいに冗長に書かない。 ちなみに単数形には不定冠詞 a を用いる。

Euclid 整域のインスタンス

整数環

有理整数環 $\Z$ はもちろん Euclid 整域である。Euclid 整域は主にこれをモデルにして生じた概念なのだから。

$\nu(n) \coloneqq \lvert n \rvert$ とすれば $(EF)$ を満たす。整除の原理だ。

検討:整除原理を証明することになる。符号による場合分けなど。

証明:任意に $a, b \in \Z,\; b \ne 0$ をとる。

$b \gt 0$ のとき: $a$ の符号により場合分けを行う。

以下、これを正の整除原理と呼んで参照する。

$b \lt 0$ のとき:絶対値 $\lvert b \rvert \gt 0$ を考えることにする。

すると正の整除原理により、次が成り立つ:

\[\exists \tilde q \in \Z \exists \tilde r \in Z(\\ a = \lvert b \rvert \tilde q + \tilde r \land ( \lvert \tilde r \rvert \lt \lvert b \rvert \lor \tilde r = 0)).\]

条件中の等式を絶対値を外して書くと:

\[a = (-b)\cdot\tilde q + \tilde r = b(-\tilde q) + \tilde r.\]

これは $(EF)$ で $q, r$ をそれぞれ $-\tilde q, \tilde r$ と置いたものだ。 よって $b \lt 0$ のときにも $(EF)$ が成り立つ。

以上より、$\Z$ は $(EF)$ を満たすことが示された。すなわち $\Z$ は Euclid 整域である。 $\blacksquare$

体上の多項式環

体 $F$ を係数とする多項式環 $F[X]$ は Euclid 整域である(整域であることは問題ない)。

証明:$(EF)$ を満たす写像 $\nu$ が存在することを示す。

任意に $f \in F[X]$ と $0_{F[X]} \ne g \in F[X]$ をとる。 多項式環 $F[X]$ についての除法定理により、$q \in F[X]$ および $r \in F[X]$ が存在して次が成り立つ:

\[f(X) = g(X)q(X) + r(X),\;\deg r(X) = 0 \lor \deg r(X) \lt \deg q(X).\]

つまり $\nu \coloneqq \deg$ とおくと $(EF)$ 条件を満たす。 $\blacksquare$

Gauss 整数環

$\Z[i]$ で Gauss 整数環を表す。これは Euclid 整域である。

写像 $\nu$ のとり方は例えば次で定める:

\[\nu(a) = \lvert a \rvert^2.\]

証明:写像 $\nu$ が $(EF)$ 条件を満たすことを示す。

任意に $x \in \Z[i],\;0\ne y \in \Z[i]$ をとる。 以下、$x = qy + r$ かつ $\nu(r) \lt \nu(y)$ をみたす $q, r \in \Z[i]$ を決定する。

$\Z[i] \subset \mathbb{C}$ なのでこれらの要素を複素数と見なして、剰余を

\[r = x - qy = y\left(\frac{x}{y} - q\right)\]

と表す。このとき $p \coloneqq x/y \in \mathbb{C}$ を考える。

写像 $\mu\colon \mathbb{C} \longrightarrow \mathbb{R}+$ を $\mu(z) = \lvert z\rvert^2$ で定義すると、$\mu\mid{\Z[i]} = \nu.$

ここで $q \in \Z[i]$ を値 $\mu(p - q)$ が最小値をとるように定義する。 すなわち、$\Re q$ と $\Im q$ はそれぞれ $\Re p$ と $\Im p$ にもっとも近い整数であるように値をとる。 実数値はある整数値から高々 $1/2$ の距離にあることに従うとそのようにとれる:

\[\tag*{$\spadesuit$} \def\half{ \frac{1}{2} } \def\halfsq{ \left(\half\right)^2 } \mu(p - q) \le \halfsq + \halfsq = \half.\] \[\begin{aligned} \therefore \mu(y(p - q)) &= \mu(y)\mu(p - q) && \because \mu(z_1 z_2) = \mu(z_1)\mu(z_2)\\ &\le \frac{\mu(y)}{2} && \because \spadesuit\\ &\lt \mu(y) && \because 0 \lt \mu(y). \end{aligned}\]

一方:

\[\begin{aligned} \mu(y(p - q)) &= \mu\left(y\left(\frac{x}{y} - q\right)\right)\\ &= \mu(x - yq). \end{aligned}\]

だから $r \coloneqq x - yq$ とおけば $\mu(r) \lt \mu(q) = \nu(q).$ そして $r = x - yq \in \Z[i]$ であるから $\nu(r) = \mu(r).$ したがって $\nu(r) \lt \nu(q).$

写像 $\nu$ が $(EF)$ 条件を満たすことが示された。ゆえに $\Z[i]$ は Euclid 整域である。 $\blacksquare$

性質

Bézout の補題が成り立つ

定理:$D$ を Euclid 整域とし、$a, b \in D$ は $a$ と $b$ の少なくとも一方は $0_D$ ではないとする。 このとき次の等式を満たす $x, y \in D$ が存在する:

\[ax + by = \gcd(a, b).\]

検討:この定理がおそらくもっとも基本的 Euclid 整域の性質を述べるものだと思われる。 証明の内容は整数論における同補題と同様であり、PID の概念が少し見える。

証明:$b \ne 0$ を仮定する。部分集合 $S \subset D$ を次で定義する:

\[S \coloneqq \{s\,|\,s \in D\!\setminus\!0_D, s = ax + by, x \in D, y \in D \}.\]

まず $S \ne \varnothing$ を示す。$x = 0_D, y = 1_D$ とすることで $b \in S.$ よって $S \ne \varnothing.$

$D$ に対する $(EF)$ 条件の定める写像を $\nu$ とおく。$\nu(S) \subset \N$ である。 整列原理により $\nu(S)$ には最小元が存在する。それを $d \in S$ とおく:$\nu(d) = \min\nu(S).$

すると $S$ は $d$ によって生成される単項イデアルになる $(\because)$。


$(\because)$ 任意に $s \in S$ をとる。Euclid 整域の性質からある $q, r \in D$ が存在して $s = qd + r$ かつ

  • $r = 0$
  • または $\nu(r) \lt \nu(d)$

と書ける。$d$ のとり方から後者は成り立たない。よって $s = qd.$ $s$ は任意だから $S$ のすべての要素は $d$ の倍元である。$S = (d).$ $\Box$


$ax + by$ の式で $x = 1_D, y = 0_D$ とすれば $a \in S.$ 先に述べたように $b \in S.$ したがって $a, b$ はどちらも $d$ の倍元であり、$d$ は $a, b$ の公約元である。 すなわち

\[\tag*{$\spadesuit1$} d \le g.\]

一方、$a, b$ は $g \coloneqq \gcd(a, b)$ の倍元であるから、ある $a^{\prime}, b^{\prime} \in S$ が存在して $a = a^{\prime}g,\;b = b^{\prime}g.$ すると

\[\begin{aligned} ax + by &= a^{\prime}gx + b^{\prime}gy\\ &= (a^{\prime}x + b^{\prime}y)g. \end{aligned}\]

となり、$S$ のすべての要素は $\gcd(a, b)$ の倍元である。 特に $d \in S$ もそうであるから

\[\tag*{$\spadesuit2$} g \le d.\]

$\spadesuit1, \spadesuit2$ より $d = g.$ したがって $ax + by = g = \gcd(a, b).$ 以上により、任意の $a \in D, b (\ne 0_D) \in D$ に対して $ax + by = \gcd(a, b)$ を満たす $x \in D, y \in D$ が存在することが示された。 $\blacksquare$

Euclid の補題が成り立つ

定理:$D$ を Euclid 整域とし、$a, b, c \in D$ とする。 $a$ が $bc$ を割り切るとする。かつ $a$ と $b$ は互いに素であるとする。

このとき $a$ は $c$ を割り切る。

検討:これも基本的だ。整数論における互いに素の性質を一般化したものだ。

ここで Bézout の補題を利用する。

証明:$a$ と $b$ が互いに素、すなわち $\gcd(a, b) = 1_D$ であることから、 Bézout の補題により次が成り立つような $x, y \in D$ が存在する:

\[ax + by = 1_D.\]

このとき

\[\begin{aligned} c &= c \cdot 1_D\\ &= c(ax + by)\\ &= ac x + bc y. \end{aligned}\]

$a$ は $ac$ も $bc$ も割り切るので、それらの倍元の和である $acx + bcy$ をも割り切る。 この値はすなわち $c$ であるので、$a$ は $c$ を割り切る。 $\blacksquare$

単項イデアル整域である

定理:Euclid 整域は単項イデアル整域である。

検討:不等式 $\nu(?) \lt \nu(?)$ に注目した最大最小パターンによる証明になる。

証明:$D$ を Euclid 整域とし、写像 $\nu$ を $D$ の Euclid 写像とする。 以下、$D$ の任意のイデアルが単項生成であることを示す。

$(0_D) \in D$ は単項イデアルである。

今 $U \subset D$ を $(0_D)$ ではないイデアルとする。 このとき $\nu(d)$ の値が $U$ の中で最小である $d \in U$ が存在する (これは $\N$ またはその部分集合に対する整列原理による)。

要素 $a \in U$ を一つ任意にとる。$D$ が Euclid 整域であることから次の条件が成り立つ $q, r \in D$ が存在する:

\[a = qd + r \land (\nu(r) \lt \nu(d) \lor r = 0).\]

ここで $r \ne 0$ は成り立たない。なぜなら $r = 0$ だとすると $\nu(r) \lt \nu(d)$ が成り立つが、これは $d$ のとり方に反する。

よって $r = 0.$ すると $a = qd.$ $a$ は $d$ の倍元である。

$a \in U$ は任意であったから、$U$ のすべての要素は $d$ の倍元である。 つまり $U$ は $d$ によって生成されるイデアルである。

$U$ は任意の $(0_D)$ でないイデアルであるから、$(0_D)$ と合わせて、 $D$ の任意のイデアルが単項生成であることが示された。 したがって Euclid 整域は単項イデアル整域である。 $\blacksquare$

参考資料